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花粉症の海外と日本の歴史

『花粉症』は、いつ・どんな形で伝えられたのでしょうか。また、どのような歴史があるのでしょう。

花粉症の歴史は意外にも古く、ローマ帝国時代の医師ガレヌス(紀元前130年〜200年)が花粉症らしい病状について述べていたり、“春になると鼻水がでたり、鼻詰まりがよくある”ことが、紀元前100年ごろの中国の記録に示されているとも言います。
さらに、『花粉症らしい疾患とその治療法』が、アラビアの医師によって、西暦1000年ごろに記録されたとも言われています。

記録として残る最も古い物では、1565年(一説には1533年)『バラの匂いをかいでくしゃみやかゆみ、頭痛が起こった』と
イタリア医師によって、記録されています。
ですが、バラは花粉を飛散させないので、この患者の場合、花粉症であるとは言い難いのですが、現在でも Rose fever(バラ熱) は「晩春から初夏の鼻炎」の意味で Hay fever と同じように使われることがあります。

また、19世紀初頭、牧草を扱う人々の間に『Hay fever』と呼ばれるアレルギーを思わせる症状がイギリスで発見され、その後、英国医師ブラックレーによる、『空中花粉の測定』『鼻誘発試験』『皮膚試験』など現在でも通用する試験を行って、『Hay fever』はイネ科植物の花粉が原因だと実証しました。
1872年 北アメリカで、“ブタクサ”が、鼻水・咳などの夏風邪にも見えた『Hay fever』の原因だと報告されました。
これにより、体は何らかの影響を植物の花粉によって受け、そのために発症する病気があることが確認されました。

その後ブラックレーは、1873年に『枯草熱あるいは枯草喘息の病因の実験的研究』を著し、 『Hay fever』 は 『Pollinosis (花粉症)』と呼ばれるようになり( pollen は花粉のこと)、自身も花粉症であった英国医師ブラックレー は『花粉症の父』と呼ばれています。

『 Hay fever 』は“枯草熱”(こそうねつ)と日本では訳されていますが、本来 grass(イネ科の牧草)の干し草を表す“Hay”と、発熱の意味の“fever”なので、『干し草熱』とした方が良かったかもしれません。


日本では、正確な出現時期は判っていませんが、1960年代にブタクサ、カモガヤ、スギ、ヨモギなどによるものが次々と報告されました。

ですが、1963年、斎藤洋三が目や鼻にアレルギーのような症状を持つ患者を多く診察したのがきっかけで、スギ花粉症を発見したことから、花粉症の歴史は始まると考えられています。

ブタクサ(帰化植物)による花粉症が、1960年後半からおよそ10年は多かったのですが、スギ花粉症の患者が1970年代中頃から急激に増えました。それは、スギ花粉の第1回目の大飛散が1976年にあり、その後にもスギ花粉が大量に飛散し、スギ花粉による花粉症患者が大量に発症するということが、1979年、1982年と二度もあったからです。
このスギ花粉大飛散は、特に関東地方共通のできごとであり、全国的ではないのですが、社会問題として認知されたのは、ほぼこの時期です。また、これ以降、報道等で『花粉症』という言葉が一般的に、使われるようになりました。

現在、花粉症に罹る方は非常に多く、そのおよそ80%はスギ花粉症といわれ、患者数は今後も上昇していくであろうと言われています。

今では、天気予報などと同じく大切なニュースとなっている、花粉飛散情報。
新たな国民病とも呼ばれる花粉症の、対策と治療は人々の大きな関心事となっています。

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このページは、genが2009年6月 8日 20:29に書いたブログ記事です。

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